ウズベキスタン? なにそれ? という方のために
人は、自分と何の関係もないものに興味をもてないものです。
スポーツの世界なんかをみると、それがよくわかるでしょう。学生時代にサッカー選手だった人は、サッカーの試合を見る時、特別な関心を寄せるものです。アマチュアでも、クラシック音楽に詳しくなると、単なる演奏の良し悪し、コンサートとしての成功失敗だけでなく、表現されている様式というものに敏感になります。
従って、旅行をするにしても、その土地と自分と、どんな関係があるのかを把握しておくと、また興味関心、頭に入ってくるものも違ってくるでしょう。
そして、手っ取り早く関係を作る方法が、読書です。
一度も行ったことのない場所と感情的な繋がりをもつことができるのです。
では、中央アジアと結びつきをもつには、何に目を通せばいいのか?
まずは娯楽作品から
まず、漫画作品からいきましょう。ハードルが低いですから。
森薫氏の『乙嫁語り』は、この界隈の人ならだいたい知っている有名な作品ですね。多少、ファンタジーを広げすぎている印象はありますが、中央アジアの美しい文化に心を寄せるなら、目を通してみて損はありません。
どちらかというと、ホラズム地方の習俗、文化を参考にしているように見受けられます。時代背景としては近代、ロシアの征服が完了するちょっと前くらいを舞台としているようです。イギリス人の研究者が出てきていることからもわかる通り、アフガニスタンを巡る「グレート・ゲーム」の最中のお話ですね。そういう政治的なお話は、あんまり出てきませんが。
小説では?
まず、この手の分野では井上靖氏がたくさん書いてくれています。『敦煌』『楼蘭』『青き狼』と、定番作品がありますね。
ただ、敦煌も楼蘭も、どちらもタリム盆地のタクラマカン砂漠の沿岸都市です。つまり、東トルキスタンなので、ウズベキスタンを舞台にした物語とはいえません。時代的には楼蘭が漢代、敦煌は中国でいえば北宋時代ですが、特に前者は空想の幅が大きすぎる作品ですし、敦煌のほうも「仏教国の西夏が、同じ仏教国の敦煌の仏典を破壊するのを防ぐ」お話ですから、史実とも遠い感じはあります。それでも、西域のロマンを感じ取るには悪くないかもしれません。
青き狼については、チンギス・ハンの生涯を描いたもので、こちらはちゃんと西トルキスタンも出てきます。ホラズム・シャー朝との対決、インダス川を渡って逃げるジェラール・ウッディーンを見送る場面など、中央アジアの歴史と関わるシーンがいくつも出てきます。
よりディープにいくなら
実録もあります。
ティムール帝国の滅亡からムガール帝国の創建に至った英雄バーブル自身の手記が、日本語訳されています。その名も『バーブル・ナーマ』……直訳するとバーブルの書、ですね。バーブルというのは虎の意なので「虎の巻」とも読めてしまう不思議。
簡潔で率直に、自身の感情もごまかさずにさらけだしているその内容は、実に魅力的です。と同時に、当時の人達がどんな感情を持っていたのか、価値観や倫理観はどんな風だったのかを知るにも、役に立つものです。
残念ながら、この手記は、彼の全生涯を描いたものではありません。少年時代のフェルガナにおける戦いからヘラート政権の滅亡までと、インド征服以降から晩年までが描かれています。意図的に中抜きされているのです。
個人的な理由で省いたとは考えにくいです。というのも、バーブルは自分の不道徳な部分についても隠していないからです。飲酒から性的な悩みまで、あけっぴろげに書いているのです。
もちろん、政治的な理由ならあるはずです。なぜなら当時の彼は、サファヴィー朝のシャー・イスマイルに臣従していたからです。スンニ派、ナクシュバンディー教団に帰依する彼が、シーア派のサファヴィー教団にあえて染まったのです。心を殺してのことでしょうが、これが後々、自分の帝国と子孫にとって、不利な材料となることを恐れたのかもしれません。そして、その部分について都合よく嘘を書くくらいなら、何も書かないことを選んだのでしょう。
また、中央アジアの歴史全般を把握したいのであれば、『中央アジア歴史群像』という本があります。
なくなるまでウズベキスタン南部で遺跡の発掘に取り組んでいた加藤九祚氏の著作です。
旅は、ただ旅しても楽しいものですが、こういった本に目を通してから旅立つと、より一層、楽しいものになると思います。