多様な食文化と“おいしくない”皿
旅の喜びの一つが、食です。
日本ではお目にかかれない美食に耽る。どんな名物があるんだろう? 旅人は期待するものです。
しかし、ウズベキスタンでは……
いえ、あることはあるんです。
ウズベキスタン固有というか、あの地域らしい料理というものは、確かにあります。洋の東西から押し寄せた多様な食文化が混ざり合って、神秘的ですらあります。
チャーハンみたいな米料理、プロフ。
うどんみたいな麺料理、ラグマン。
串焼きみたいな肉料理、シャシリク。

でも、その、なんていうか……
……おいしくないことが多かった、です。
比較的、観光地の観光客向けの値の張るところでは、そこそこの味のものも出てきました。でも、そこそこです。そこそこ止まりなんです。
我に返って、本当にうまいか? 旅人フィルターを外して、東京でもコレ食べたいか? と自問自答すると、「吉○家の牛丼でいい……」になるレベルが大半という。
ユジェニ空港から夜遅くにタシケントのホテルに到着した夜、空腹で仕方なかったので、とにかく食べられるものをルームサービスで注文しました。麺料理大好きな私なので、じゃあラグマンでも、とお願いしたのです。

写真は、食べ終えた後のものです。いちいち事前に撮影する余裕もないほど空腹だったとご理解ください。
ところが、何度思い出しても「おいしかった」とは思えないのです。むしろ変な味でした。仮にもタシケントの高級ホテルのルームサービスですよ? しかも、最高のスパイスとして知られる「空腹」を添えての食事です。それが、ぶっちゃけマズかった。
そんなハズはない、どこかにおいしいものがあるはずだ。
そう思って、ヒヴァに飛んでから、お店でラグマンを食べなおしました。

なるほど、こちらのラグマンは、タシケントのものよりずっとマシでした。しかし、マシという程度です。
うどんというにはコシが足りないし、まぁ、ヘルシーな感じのスープはいいとしても、いまいち旨みに欠ける感じもするし。当時の旅行日記を見ても「やっと及第点の味」とのメモが残っています。
夜にはまた、別の場所でプロフを食べました。こちらはそこそこうまかったのですが……
多分、食べるところを厳選しないとダメです。
ガイドブックやネットで、この店がいい! というのを見極めずに食べると、どうにも口に合わないことになります。国によっては、どこにフラッと立ち寄って食べても、そこそこおいしかったりするのですが、ウズベクでは当たり外れがあります。
恐怖! 「ウズベクの洗礼」
ヒヴァを離れると、食事情はまた、一気に悪化しました。
そして「ウズベクの洗礼」を受けたのが、ここサマルカンドだったのです。
ここでウズベク未体験の旅行者に、大事な忠告をしておきます。
「ウズベキスタンでは、腹いっぱい食べることなかれ」
これが絶対のルールです。
「食後は温かいお茶だけを飲め」
これも付け加えておきましょう。
知り合いの商社の方は、仕事でウズベキスタンに行くことがよくあるのですが、話を聞くとすごいです。もう、現地の食事は信じない。なんならカロリーメイトだって持ち込むし、向こうでは火を通した肉しか食べない。
さすがにそこまでするのは極端ですし、観光客なら旅を楽しめなくなってしまうと思うのですが、この警戒心、決して無意味ではないのです。
なぜか。
地獄の下痢が待っているからです。
あちらの下痢は、そこらの下痢とはレベルが違います。肛門がエンジェルフォールになります。いや、もう誇張なしで。こらえるということができない。歩けなくなります。
サマルカンドに到着した日、私はそれまでのルールを破って食べ過ぎてしまいました。といっても、サマルカンドの料理がおいしかったから、ではありません。なんでもかんでも首を突っ込む私は、現地の人と仲良くなろうとして、一緒にメシを食べたのです。そうなると、自分だけ残すわけにもいきません。我慢して、満腹する以上に食べてしまったのです。
翌日、美術館の見物を終えて、アフラシャブの丘を見ながら歩いていた時でした。

「ムグフゥッ!?」
突然の衝動に、立ち止まるしかありませんでした。
くる、くる、くるぅっ……!
どうする? ここ、道端だけど、構わず「出す」か?
捨てるのか? 人としての尊厳を、ついにここで捨てるのか?
ティムールが愛し、ウルグ・ベクが整えたこの都……eng chiroyli shahar (もっとも美しい街)たるサマルカンドを、私の糞便で汚すのか?
本気でそれを検討しなければならないほどの鋭角的な刺激が、下腹部に突き刺さりました。
妃に裏切られたシャーザマンの苦しみも、あの時の私ほどではなかったと断言できます。
しかし、私にはまだ、僅かな体力が残っていました。冷たい汗を滴らせ、フッフッヒーと慎重に呼吸し、一歩一歩足下を確かめながら引き返し、美術館に駆け込みました。目指すはトイレ。というか、美術品なんてトイレの飾りです。ここはトイレ。公衆トイレなのだと。そうとしか思えませんでした。
すべてを蹴散らす勢いで個室に飛び込み、苦痛の原因を押し出してから、やっと気付きました……「ここ、女子トイレだった」と。

理屈を説明すると、そこは二重内陸国ならではの水の問題があります。
ウズベキスタンの水源は主としてパミール高原で、それは隣国タジキスタンのダムに由来します。基本、シルクロードの砂漠の都市の寄せ集めがウズベクなので、水は常に不足し、また衛生的でもありません。
こういう水の足りない国や地域では、油料理が発達します。中華料理が油っぽいのと同じです。だから、こちらのプロフは、日本のチャーハンがかわいく見えてくるぐらいに油をドバドバ投入して作られます。ギトギトではありません。ドバドバです。
この過剰な油が、慣れない旅人の下腹部を狙い撃つのです。
かてて加えて、ここに「暑いから」と冷たい飲み物を口にしたらどうなるか。腹の中で油が急速に冷やされ、固まります。異物の塊ができるのですから、肉体の防衛反応が生じるのは必然です。
だから、ウズベクでは温かいブラックティーを飲むべきなのです。
ウズベクの飲料事情
飲み物に関しては、本当にブラックティーしかありません。
お酒を飲まれる方もいらっしゃると思いますが、ウズベク産のワインの評判はよくありません。カスピ海を渡ってグルジア(ジョージア)に行くと、また品質のいいのがあるらしいのですが。
ウズベク人の考え方としては
「ワインは甘い酒で、女子供の飲み物」
「男はビールかウォッカ」
という感じなのです。
ワインについては、ひどいことに、わざわざ加糖までしているといいますから、品質など推して知るべしです。中央アジアといえば葡萄の原産地ですし、それこそ古代のロマンに思いを馳せながら一杯といきたいところなのですけれども。
えっ? コーヒー?
この写真を見てください。


ネスカフェの粉を充分溶かさないまま、客に供するような喫茶店が普通にあります。
ウズベキスタンは、コーヒーに関しては途上国、いいえ、後進国です。いや、未開人と言ってもいいくらいです。何もわかっていません。噂ですが、あのスターバックスでさえ、タシケントに進出してから、結局撤退したのだとか。
ちなみに、彼らのデザートやオヤツは、どれもやたらと甘口です。韓国旅行の経験がある方なら、あちらもなんでも甘口だったと記憶しているかもしれませんが、ウズベクの甘さはその比ではありません。ほろ苦いチョコケーキのほのかな甘さ、なんて繊細な味はありません。

帰国する前に飲んだ最後のアイスコーヒーもこんな感じです。
泡立っていて、しかも糖分たっぷり。ベタ甘で、ろくに飲めたものじゃありませんでした。
一応、タシケントの中央では、オシャレーな飲食店もあります。
トップの写真みたいな、まるで先進国のランチが出てきます。でも、めっちゃ割高です。あと、探せば寿司屋もありますよ。私は入りませんでしたが。

ウズベク人のソウルフード
ただ、こちらの食事は「見て楽しむ」には最高かもしれません。なんでもあるからです。
ラグマンは中国方面から、プロフは西アジアからやってきた料理ですし、スターリンの強制連行のせいで、探せばキムチまで見つかります。長い冬を漬物でビタミン補給するウズベク人のライフスタイルにはマッチしていたからでしょう。
巨大なパン……ナンというかノンというか、発音が微妙なのですが、あれも目を引きますね。

最後に、ウズベク人のソウルフードについて述べなくてはなりません。
それは何かというと……
ヒマワリのタネ! です。
彼らのヒマワリの種を食うスキルは、是非目にしておきたいものです。売り物として店に並べられている種の中にスッと手を突っ込み、息を吸って吐くが如くに種を片手で処理して、表面を割って中身を食べるのです。
あれはなかなか真似できるものではありません。