歴史を楽しむのは心の中だけに
世の中には、避けて通りたいところですが、なかなか避けられない、イヤな話題というものがあります。
韓国の場合、それが「歴史問題」です。
どこの国でもそうですが、自分達にとって都合の悪い歴史は隠蔽する傾向があります。そして事実を糊塗するために、別の何かの事実をもってきて、執拗に侮辱したりもします。これは、日本も韓国もです。
正直、この辺のネタを搾り出してくると、非常に精神衛生上、よくないものがあるのですが、あえてここに列挙するとします。読み終える頃には、私が言いたいことが伝わると思います。先に結論だけ言うと……
「歴史問題はスルーしましょう」
ということです。
これに尽きます。
もうわかっている、という人は、この続きを読まなくていいです。
立場の違う代表例
まず、日本では英雄でも、韓国では悪人というのがいるので、触れないほうがいいのです。
その典型が、豊臣秀吉と、

李舜臣です。

また、伊藤博文と、

安重根です。

事実は事実として、冷静に話ができる人もいますが、そうでない人もいます。双方の国に。
だから、話題にしないのが一番なのです。
ただ、それはそれとして、では、実際の「歪んだ」歴史認識はどうなっているのでしょうか?
韓国側の歴史捏造
まず、韓国側の歴史歪曲について述べましょう。
私の手元には、
「世界の教科書シリーズ1・【新版】韓国の歴史 ……国定韓国高等学校歴史教科書」(明石書店)
があります。
国定の歴史教科書ですから、現代の韓国人にとって常識といえる歴史があると考えていいでしょう。
では、(頭痛をこらえながら)ここになんと書いてあるかを拾っていきます。
「事実を離れた恣意的解釈と叙述は、歴史の事実をゆがめるからである」(1-1-1 歴史学習の目的)
ここについては同意しますが……
「東アジアでは先史時代に諸民族が文化の花を咲かせたが、そのなかでもわが民族は独特の文化を作り上げていた。人種上では黄色人種に属し、言語学上ではアルタイ語系に属するわが民族は、久しい以前から一つの民族単位を形成し、農耕生活を基礎にして独自の文化を築きあげた」(2-1-2 韓国の先史文化)
はい、ダウト。
少なくとも、三国時代の時点では、朝鮮半島は多民族国家でした。というより、新羅、百済、高句麗と、それぞれ別の民族集団がいた可能性が高いです。特に百済は、夫余系の征服者の下に、旧馬韓住民がいた可能性があります。また、高句麗、百済の言語が新羅系のものとは異なるだろうことは、既に研究から明らかです。
また、これは韓国からの研究発表ですが、金官伽耶国の始祖首露王の后である許黄玉は、インド由来のミトコンドリアDNAをもっているとのことです(2004年、中央日報)。彼女はサータヴァーハナ朝の王女とされていますが、まさか、王女ともあろうものが体一つで嫁いできたはずもありません。それなりの身分の女性が嫁ぐということは、当然政略結婚の要素があるか、さもなければその時点で滅亡に瀕していたサータヴァーハナ朝からの亡命者という状況か、どちらかでしょう。つまり、いずれのケースを採るにせよ、少なくない人数の移民があったことを想定すべきです。
現代韓国人のY染色体のハプログループは多様で、およそ4割が中国系、15%はツングース系とみられています。こうしたことから考えても、古代における朝鮮半島は、多くの民族が居住する場所だったはずで、それが徐々に統合されて、今の朝鮮民族に繋がったと考えるのが適切でしょう。
要するに昔から朝鮮半島にいたのは朝鮮人だ、よって韓国は韓国人のものなのだ、という主張に繋げたいのでしょうが、ちょっと無理があります。
しかし、何より頭痛をひどくさせたのは、ここの記述でした。
「このように高句麗が中国の統一帝国である隋・唐の侵略を続けて撃退したのは、中国との対決を通して発展した一つの姿であり、同時に、百済、新羅まで保護する民族守護の意義をもったものであった」(3-2-2 三国間の競争と対外関係)
これを読んだ時には、少し立ち直れませんでした。
そもそも、唐の太宗が大軍を発して高句麗征伐に向かったのはなぜか? 新羅がどれだけ唐に出兵要請していたか。そこをすっぽぬかしてそういう話にしますか?
だいたいからして、この時点では新羅人は高句麗の人々を同じ民族とは看做していない可能性が大です。歴史は小説ではないと、声を大にして言いたくなりました。
「高句麗の将軍出身である大祚栄は、高句麗遺民をひきいて吉林省の敦化市東牟山を中心に国を建てた」(3-2-4 統一新羅と渤海の発展)
「渤海の領域には高句麗人以外に、元来高句麗の支配下にあった靺鞨族が多数居住していた。これによって渤海の住民は支配層を形成した高句麗人と、被支配層の靺鞨族で構成されるようになった」(同上)
ちょっと待った。
大祚栄の身元については、かなり曖昧な記述しか残っていません。旧唐書、新唐書によれば、朝鮮半島に居住していた靺鞨系の人であるとされています。だいたい、彼の父親は乞乞仲象とされています。なのに息子は「大」という姓を持つという。後付けで名乗ったのか、血の繋がりがなかったのか、どうもはっきりしません。
少なくとも、高句麗人が支配者側だったという記述には、そこまで信憑性、というか根拠がありません。もともと朝鮮半島の北の海岸部には、粛慎系、つまり靺鞨族の祖先が暮らしていました。そこに、遼東半島に押し込められていた高句麗の遺民が流れ込んで、いきなり支配者になった? どうやって?
南北朝鮮とも、渤海を朝鮮人の国ということにしたいらしいです。ですが、言うまでもありませんが、新羅の時代を通しても、朝鮮半島の民族は同化しなかったのです。新羅の身分制度は骨品制で、社会には流動性がありませんでした。これが解消されるのが高麗時代で、この時は出身地や血族にかかわらず、科挙によって人材登用がなされるようになりました。
つまり、その時点までは、高句麗の故地には高句麗人、百済の故地には百済人が暮らしていたのです。その証拠に、唐・新羅戦争の際には、新羅は自力での唐軍撃破が難しいために、一時的に報徳国なるものを設けて、高句麗人の結集を図っています。また、新羅末期には、反乱勢力はそれぞれ後百済、後高句麗を名乗っています。
もちろん、結果的に大氏が朝鮮人になった、ということなら、恐らく事実ではあります。渤海滅亡時に、彼らの一部が高麗に流れ込み、王建に受け入れられたという経緯があるためです。
私のメンタルがもたないので、ちょっと時代を早回しして、先の部分を読むことにします。
「最も輝かしい成果をあげたのは洪範図が率いる大韓独立軍が勝ち取った鳳梧洞戦闘と、金佐鎮が率いる北路軍政署軍などが勝ち取った青山里大捷であった」
……まぁ、当然ですが、北朝鮮に関係する戦闘については、一切の記述がありません。普天堡の戦いもなかったことになっています。
しかし、何よりひどいのは、
「ついに重慶で韓国光復軍を創設した」
「これに先立ち、金元鳳の朝鮮民族革命党は朝鮮義勇隊を結成し、中国各地で抗日闘争を展開していた。そこで韓国光復軍は、朝鮮義勇隊を吸収統合して軍事力を増強し、中国国民党政府との積極的な協力のもとに連合軍の一員として対日戦争に参戦するために努力した」
「しかし、1945年8月15日、日本の無条件降伏によって、韓国光復軍はその歳9月に実行しようと準備中だった国内進入計画を実現できずに光復を迎えたのである」
(以上の引用は、8-3-4 抗日独立戦争)
つまり、韓国光復軍は、まともに戦っていないのです。
どこそこの戦闘で勝利、ないし敗北した、という記述がない。にも関わらず、小項目の名称は「対日宣戦布告と韓国光復軍の活躍」です。
もちろん、歴史の上では「実際にどれだけの影響力を発揮できたか」も重要です。しかし勝ち負け以前に、まず命を張って戦った人こそ英雄であろうとするならば、韓国光復軍はそこに絡んでいません。実際の戦闘がほとんどなく、朝鮮半島本土で、或いはその付近で日本軍と戦ったのでもなく、また戦わずして相手を牽制するだけの影響力もなかった(数百人しかいなかった)ことは明らかなのです。
実際、組織力も足りておらず、実戦経験もないからこそ、朝鮮義勇隊を「吸収統合」しようとしたのですが、実際に現場で戦っている人達からすれば、後から来て、しかも何もしてない連中に「俺達の仲間になれ」と言われても「ハァ?」でしょう。だから、これはうまくいかなかったのです。

それでも、この項目を設けないわけにはいかないのでしょう。
大韓民国は、李承晩がアメリカとの外交によって作り出した国です。活動歴が長く、クリスチャンで、英語も堪能だから、アメリカの傀儡としては便利だったのです。しかし、なにしろほとんど外交しかしていないので、実際の武力行使はずっと遅れました。彼らがやっと備えた武力が韓国光復軍だったのです。しかも、その戦力を現場で運用する前に、世界大戦が終わってしまいました。
だから、ろくに手柄もなくても、その存在を強調しないわけにはいかないのです。なぜなら、韓国光復軍だけが今の大韓民国の系譜に連なる「解放軍」だからです。
最後にもう一つ。
そろそろ知恵熱が出てきました。
「1970年代に入ってから国際情勢は急変し始めた。アメリカはいわゆるニクソンドクトリンを宣言し、ベトナムからアメリカ軍を撤収させ、その後ベトナムは共産化されてしまった」(9-3-2 5.16軍事政変と民主主義の試練)
これだけ見れば、別におかしなことではありません。
ですが、大事なことが省略されています。ベトナム戦争に韓国軍が参加していた事実は、一切書かれていないのです。
このように、都合の悪いことは避けて書かれているのです。
そして、今の韓国の人々は、特に悪気があるわけでもなくても、これらを史実として受け止めているわけです。これでは、歴史認識で衝突するのも無理はありません。
なぜこんなことになったのか。
結局のところ、南北朝鮮のいずれも朝鮮半島の人々の意志で生まれた政府ではないからです。米ソの権力者が、自分にとって都合のいい人物を国家主席に据えただけだから、建国の正統性をもっていません。だから歴史を歪曲しなければならないのです。
日本側の侮辱
かといって、日本側の認識が適切かというと、やはりこれもあちこち疑わしいのです。
こちらはこちらで、過度に朝鮮側の成果や活動を小さく見積もったり、日本側の犯罪行為を軽く表現したりする傾向があります。

ネットで少し検索すればいくらでも見つかりますが、閔妃殺害の首謀者を大院君とする説がいまだに残っています。しかし、現実には大院君は殺害当日の夜は、なかなか出てきませんでした。担ぎ上げられるのを嫌ったのか、眠かっただけなのかはわかりませんが。閔妃に対する陵辱についても、記載を省いています。
ハングルが朝鮮半島ですぐ廃れて、それを復興させたのが日本帝国政府だ、という主張も散見されます。これも事実に反します。両班が作成する公文書などは漢文ベースに戻りましたが、世宗の想定通り、庶民にはハングルが普及し、それが「洪吉童伝」「春香伝」といった小説の誕生に結びついているのです。
日本の支配のおかげで朝鮮半島の経済的発展がみられた、という言説もあります。また、貧しいから日本に出稼ぎにきたのだ、とも。実際には、日本との貿易で食料品の流出があって飢餓が広がり、日本軍による土地収奪のために自活できなくなって、日本に渡航していたのです。
そもそも、日本の歴史の教科書には、必ず「進出」という言葉が使われています。侵略、侵攻とは書いていません。
私が子供の頃、図書館に古い本がありました。それには「朝鮮の神話」と書いてあり、私は何の気なしに開いて読みました。
すると、朝鮮半島は巨人の糞尿でできているという描写に出くわしました。巨人の尿が大同江になったとか、そういうお話です。子供心に「汚いなぁ」と思ったものです。しかし、大人になってから、思い出して朝鮮半島の神話を探してみたのですが、そういうお話には一つも出会えませんでした。
この辺の起源がどの辺りにあるのかなら、すぐにわかります。
例えば……
「残った倭人の男性は殺され、女性は強姦され、エベンキ人との混血してできたのが、韓国人のルーツ」
言い切っていますね。
根拠があるかどうかは、以下の通り。
「エベンキ族から分かれた朝鮮人士族がワイ族です。シナ人が「汚い」と言う意味でワイ族と呼びました」
明らかに事実に反しています。
東濊は、高句麗人(貊)に近い種族だったらしいですが、高句麗人や夫余人より南方に早くから居を構えていました。一方、ツングース系と判明している粛慎は、更に北東方向にいました。
「エベンキ人国家=新羅は高句麗に朝貢し、倭人勢力と戦争していましたが」
新羅語は後の朝鮮語を形成していますが、これがエヴェンキ語と同系統であることの証明はされていません。むしろシナ・チベット語系であると看做されています。
また、エヴェンキ系の混血があるとすれば、それはむしろ北方の高句麗人のほうでしょう。現在の朝鮮民族のY染色体ハプログループのうち、15%ほどは北アジア由来、つまり粛慎と同じツングース系の遺伝情報を持っているわけですが、これは起源が明確です。高麗初期に、滅亡した渤海からの流民が入り込んでいるからです。
裏を返すと、南方系の集団はエヴェンキ人を含む北アジア系の民族ではなかったと考えられます。現在の朝鮮民族で最大多数を占めるY染色体ハプログループは、4割を占める中国系です。
「女性が足りず近親相姦が繰り返されてきました」
「朝鮮民族は世界でも類を見ないほど均一なDNA塩基配列の持ち主であり」
日本人より遺伝情報の均一性は低い集団です。
これは地理的条件と歴史を見れば一目瞭然で、ユーラシア大陸と地続きの朝鮮半島と海に囲まれた日本とでは民族流入の頻度がまったく違うためです。混血の機会が多かった結果でしょう。
「彼らの生活習慣に衛生概念がない、汚いためにこのような名前が」
これの根拠は、粛慎人についての古代中国の記述によるものでしょう。
魏志挹婁伝によると、
「人々は不潔で、便所を中央に作り、人はその周囲にいる」
尿を洗剤の代わりに使っていたらしいからです。尿に含まれるアンモニアには弱アルカリ性があり、油脂の汚れを落とすのに役立ちます。
そのため、古代ローマでも尿を集めて洗濯業者に引き渡すといったことがされていました。ウェスパシアヌスがそこから税金を取ろうとしてティトゥスに反対された際に、金貨を突きつけて「臭うか?」と尋ねたのは、有名はエピソードです。
東洋では尿を利用する文化が他になく、粛慎人の生活習慣を理解できなかったのでしょう。
この辺りを拾い集めて、悪意をもって「糞尿の種族」と定義づけようとしているのです。だいたい、これでは韓国人だけでなく、北アジアの人々に対しても失礼きわまりありません。
ただ、これはもう、使い古された手法です。
千一夜物語をみると「オマール・アル・ネマーン王とそのいみじき二人の王子シャールカーンとダウールマカーンとの物語」なんかでは、まさにこれと同じような描写がされています。イスラム側に立ってキリスト教徒をこき下ろすお話なので、当然侮辱の対象となるのは十字軍です。
決戦を前に、十字軍は「とある香料」を燻して、全軍を祝福しました。その香料というのが、大司教(イスラム側には、法王とかそういう区別がなく、どれも大司教)の糞便を集めていろいろ薬とかを混ぜて作り上げたものだというのです。もっとも、その糞便にしても、本物の大司教のものではとても十字軍全員分を賄えないので、もっと下級の司祭の糞便も混ざっているだろうとか、どうせ無意味だとか……文字通りクソミソに書かれていました。
誰かを侮辱したい時に糞尿を使うのは、世界共通の常套手段です。目新しさはありません。
こんな低俗な文章を、21世紀にもなって、まだ再生産している……もう、どうすればいいのでしょうか?
もはや宗教
要するに……
どっちもどっちです。さすがにここまで拾い上げていくと、胸がムカムカしてきました。
まったくポジティブでなく、生産性もない上、事実を述べても意図的に無視されるだけなので、この辺の議論は放置するに限ります。