旅とはそもそも危険なもの
「海外旅行って、なんか怖くない? 危なくない?」
はい。
危険はあります。
あ、でも、よほど変なことしなきゃ大丈夫です。逃げないでください。
それこそ氏族単位の武装勢力が割拠しているソマリアとかに行くのでもなければ、まず大丈夫です。そう、あそこ、民族紛争ですらないんですよね。どうでもいいですけど。
ただ、旅が危険なものだという認識は正しいです。
トラベル(旅)の語源はトラブルだといいますし、中国の易占いにも「火山旅」という卦があります。火山を見に行く旅、じゃなくて今いるところから、不安と戸惑いを感じつつ離れる、旅立つというニュアンスです。先の見通しもつかず、その場その場を生き延びながら、その時その瞬間を大切に生きていく、そういう姿勢を求められる場合に出る卦ですね。
旅行というのは、良くも悪くも予期しない要素があるものです。予定は立てるけれども、基本的に知らない場所で、初めてのものを見て、支えのないところで判断し、行動するものです。これが危険でないはずがありません。
では、どんな危険があり得るのでしょうか。
ありふれた危険、それが病気
もっとも一般的な危険、それが「病気」です。
日本ほど清潔な国は、世界中、ほとんどありません。水道水をそのままゴクゴク飲んでも大丈夫、なんてところは、まずないのです。川の水にしても、日本の場合、明らかに汚れている河川を避ければ、足を突っ込んだところで、どうってことはありません。
しかし、海外では違います。インドで生水を飲んだらどうなるかなんて、いちいち説明する気にもなれません。飲まなくても、ちょっと口に触れた程度でも、もう何かの病気になっても不思議はないのです。
昔、ガンジス川で水浴びしながら祈っている人達を見て、自分もやりたくなりました。ここの川の水で体を洗うとカルマが洗い流されるといいますし、死体や死体を焼いた灰も流れているので、一緒に泳いでみたくなった(!?)のです。
よし、これで私もキレイになった! 罪穢れは洗い落としたぞ! と思って帰国したら……

そもそもデリーに到着する前からなんとなくお腹の調子が悪く、二日目の朝にはゲリゲロ地獄に転落。持参した抗生物質も効き目なし。それでも苦しみをこらえてあえて飛行機に搭乗して帰国。日本食のおいしさを満喫して……
その日の夜にムクッと起きて、ずーっとお腹をさすっていました。苦しくて一睡もできないのです。救急車を呼ぶかどうするか迷いながら朝を迎え、そのまま這いずるようにして外に出て、声も出ないのにタクシーを呼び止めようとして、最後には感染症専門の病院に担ぎ込まれました。入口に辿り着いた時点で立っていることもできず、車椅子で運ばれながらグッタリしていました。
一週間の入院です。
なお、同行者も入院したそうですが、こちらはアメーバ赤痢と病名がハッキリ出て、二週間でした。

ちなみに私は、いつか同窓会が開催された時にと思って、ガンジス川の水を汲んで日本に持ち帰っています。これさえあれば、あとは刺身の上に……いえ、なんでもありません。なんだかかえってカルマが増えたような気がしないでもありません。
それはともかく、海外の衛生状態というのは、こういう危険性を孕んでいるのです。
小さな体調不良はいっぱいある
ここまでひどい形になるのは稀ですが、残念なことに、完全に予防するのは難しいのです。
例えば、知人の結婚式に参列するためにインドネシアに行ったことがあります。最終日にジャカルタに行って、そこで新婦(インドネシア人女性)が、唐揚げの店を見て、入りたいといったので、みんなついていきました。
食事の後、帰国する私や新郎の友人達は、お土産を見繕うために真新しいショッピングセンターを彷徨い歩いていましたが……
「○○君、ちょっと」
といって、トイレに駆け込んでしまうのです。
ふうん、何か変なものでも食ったかな? と人事のようにみていたのですが、そのうちに私の額にも、嫌な汗が流れ始めました。

この手のことは、まったく珍しくありません。
例えば食器の洗浄は、現地の水道水でされます。これが完全に乾燥する前に使用されたら、どうなるでしょうか? そういう水滴だけで、ちょっとした腹痛や下痢に繋がるのは、よくあることなのです。
だから大事なのはやはり体力の余裕です。何かあっても立ち直れる体力があるかどうかです。
もちろん、常識的な努力は必要です。
日を通していない生ものはなるべく避けてください。水も、浄水であることを確認できるものを飲むようにしてください。
そうまでしても、トラブルが起きるものなのです。
もし、体調を崩したら
あとは、暑い地域に行く場合には、ドリンクの氷が危険だったりします。水道水を凍らせたものを使っていたりするからです。
タイに行った時、プーケットで知人に会って、いつもは飲まないのに氷入りのソフトドリンクを飲んで……帰国の二日前に、やっぱり38℃の高熱が出ました。

横になっていても改善なんてしません。だから病院を探していくしかないのですが、一人旅の場合は誰も助けてくれません。フラフラと弱った様子で歩くのも見せてはなりません。スリやかっぱらいに目をつけられたくありませんから。体調が悪ければ尚更、背筋を伸ばして歩かなくてはいけないのです。
同行者がいると、こういう場合の危険度がぐっと下がりますね。
それと、外国で病気になった場合、自力で医師に相談する能力が必要です。
体温を測った後、いろいろ質問されました。抗生物質や抗菌剤を処方するが、禁忌の薬はあるか? 既往症は? 質問する医師の側も、患者の説明能力が不十分である可能性は認識しています。言葉が不自由な上に、間者には医学的知識もないのが普通だからです。
しかも、私の日本の主治医のカルテを取り寄せられるわけでもありません。国際電話をしても、不審者扱いで終わりでしょう。身分証明だってできないのに、個人情報、それも診療データという機微情報を漏らす医者なんか、日本のどこにもいません。
だから、旅行者の立場で考えると
「言葉の通じない外国の医者なんて、大丈夫?」
となるのですが、あちらの医者に言わせれば
「こいつ、どんな病歴があるんだよ? なんか深刻な副作用が出た薬とかあったらやべーぞ」
と思っているのです。
もし、こういったケースに不安があるのであれば、出国前に自分の病歴や禁忌の薬、日常的に服用している薬品の名前などを控えておくといいでしょう。病名は英語に訳しておけば、なんとか通じるはずです。
薬の名前ですが、日本での商品名を言っても、きっと通じないでしょう。WHO(世界保健機関)が定める国際一般名(International Nonproprietary Names)を伝えるようにしてください。
多分、どちらも一般の人には手にあまるので、出国前に主治医に相談して、病気と薬の英語名を書き留めてもらうと失敗がありません。
渡航先によっては、予防接種を勧められることもあるでしょう。
現地の病気を事前リサーチ
旅行の計画をたてるまえに、該当地域に何か深刻な流行病がないか、確認しておくことも重要です。

たとえば、ウズベキスタンでは慢性的に肝炎が流行しています。日本からミノファーゲンを持ち込むと、飛ぶように売れるらしいです。一般人ではなくて、ビジネスベースでのお話ですが。
また、水質に恵まれない国でもあります。当然ですが、アムダリア、シルダリア両河川は、上流のタジキスタン、キルギスが散々利用した残りを使っているので、水質は低く、また量も足りていません。その分、どんどん水の安全度も下がっていくのです。これが油だらけの料理と、猛烈な下痢の原因になります。

お国事情だけでなく、タイムリーな話題もないか、チェックしてください。
例えば2019年の夏には、ペルーでギラン・バレー症候群の流行が確認されています。これは神経機能に障害をもたらす恐ろしい病気で、運動機能が阻害されます。自力でなんとか歩行できる程度のものから、呼吸すら自発的には行えないほどの深刻な病状まであり、もちろん死亡することもあります。
もし危険が大きいと判断できる場合には、もったいないですが、航空券その他の予約をキャンセルする勇気も必要です。